五月晴れの子供の日、年少の孫は先に帰郷し釣りを楽しみ帰宅。相方と二人生活の午前はパソコンに向かい、なにやかにやに取り組んでいる。作業の一つは、安土桃山・江戸時代に大賑わいをした勝本浦(秀吉の朝鮮派兵の兵站基地、鯨組、朝鮮通信使等)の状況まとめ。家の中には父が遺した書や写真が多くある。特に写真は、海岸埋め立てで破砕された仲折町の外海にあった小敷瀬の景色があった。パソコンに備えられているAI(Copilot)は昔の写真に色を付けたり、二つの写真を合成したりできるということを知り取り組んだ。小敷瀬は、伊勢の甑島に似たことから命名されたという。しかし、この美しい瀬は昭和52~56年第五次港湾整備五か年計画で、住民が知らないうちに破砕されたという。その後不吉が続いたため、その根源を鎮めようと住民の芳志によって波切不動明王が建立されている。私たちの小さい頃は最高の遊び場だった。その風景を合成し絵図(写真)として遺すことができたのは嬉しい。Copilotくんと共に喜びたい。
令和6(2024)年8月8日、韓国からの「朝鮮通信使船」の復元船が261年の時を経て壱岐市勝本港に寄港しました。








